大会プログラム  自由論題(1)   自由論題(3)

    

第1分科会 日雇労働者とホームレス

      −−その現実と社会政策的課題

東京における『路上生活者』

       ――新宿周辺の実態を中心に

                         岩田 正美(東京都立大) はじめに  ここ数年、目に見える形での「路上生活者」の存在が目につくようになった。東京では、従来 の山谷とその周辺ばかりでなく、新宿駅など主要ターミナル周辺、隅田川、多摩川などの河川敷、 上野・後楽園など公園などに、ダンボール・ハウスなどの小屋掛けをして、あるいはベンチやビ ルの陰にボストンバッグや紙袋を抱えて座っている、といったさまざまな形で存在している。し かし、これを積極的に社会問題化していく方向性が今日のわが国には希薄である。その一因とし て、これらの人々の実態把握の欠如がある。ステレオ・タイプなホームレス像とそれに基づく不 十分な社会政策を覆していくためには、社会調査による事実の発見とその意味の検討が不可欠で ある。本報告では、新宿駅を中心とした「路上生活者」を対象に行われた一斉調査と、この地域 でのボランテイア活動を基盤とした参与観察およびインタビュー調査に基づいて、その一端を明 らかにしたい。 1 「路上生活者」の視覚的増大と東京のホームレス問題  1)ここでのホームレスの定義と「路上生活者」  2)特別区内路上生活者概数調査 2 一斉調査(96年3月22日夜)による新宿周辺「路上生活者」の概観  1)数と性別の分布  2)年齢と路上生活期間  3)これまでの主な仕事  4)以前の居住地 3 インタビュー調査からみた「路上生活者」のいくつかの類型  1)出身階層とホームレスへ至る過程  2)「路上生活者であること」のさまざまな〈意味〉 4 東京のホームレス問題とは何か  1)ホームレス型貧困とその複合要因  2)安定層からの析出と不安定就労・居住の〈場〉の縮小  3)長期不安定層の〈再発見〉

大阪釜ヶ崎における日雇労働者と野宿者

中山  徹(大阪府立大学) 福原 宏幸(大阪市立大学) はじめに  近年、大阪釜ヶ崎の日雇労働者の高齢化が一段と進んでおり、仕事に就ける機会が減ってきて いる。 また、こうした動向と並行して、釜ヶ崎とその周辺で暮らす野宿者も増加している。このような 中で、新たな行政施策が求められている。  我々は、大阪府と大阪市から委託されて、1996年9月釜ヶ崎の日雇労働者と野宿者の労働・ 生活実態調査を行った。461名を対象にインタビュー調査を実施したが、その分析から多様な労 働者像・生活者像が明らかとなった。以下では、その結果を報告し、今後求められる政策課題を 提起していきたい。  また、行政だけでなく、労働組合や現地のボランティア団体等も新たな政策の検討を開始して いる。そうした動向についてもふれたい。 1.日雇労働者の多様な諸相  1)釜ヶ崎日雇労働者のいくつかのタイプ  2)壮年者層と高齢者層の労働実像  3)就労日数の少ない労働者達の仕事と生活 2.「野宿者」の生活  1)「野宿者」の日雇労働者の中での位置  2)「野宿者」の生活実態(労働、健康、衣食住、社会保障、社会福祉)  3)「野宿者」の形成過程 3.日雇労働者と野宿生活者の連続性 4.政策的課題  1)課題  2)行政、労働組合などの新たな取り組み

第2分科会 企業内の階層性

       −−ドイツ・アメリカ・日本

テーマ設定の意図

         座長 木下 順(國學院大学)  昨年度のテーマ別分科会「経営史研究と労働史研究」の論点のひとつは、企業内での一般労働 者と現場監督者との関係、あるいは彼らと技術者・職員層との階層性を帯びた分業関係であった。 今回はこの問題を「企業内の階層性」と名づけ、日本、アメリカ、ドイツの特定の企業について 掘り下げた歴史研究をされている研究者に参加いただいて、それぞれの社会で、階層性を帯びた 分業関係がどのような特質を持っているか、またいかなるメカニズムで形成・再生産されていっ たかなどを議論したいと考えている。  いま私の頭の中にある、分科会のイメージは、次のようなものである。  たとえばアメリカの現場監督者は、歴史的にみると、一般労働者と同質の技術的・文化的な同 質性を基盤として、幅広い権限をもってきた。この「職長帝国」の時代は、ほぼ第一次世界大戦 前後を境にして、急速に変容していった。この頃に、一方では人事にかんする職長の権限が人事 部・労使関係部などの管理組織に吸収されるとともに、他方で新しい作業組織に見合った職長訓 練が模索された。 (この流れを集大成したものが、戦後になって日本にも導入されたTWIである)。たしかに職 長は権限を縮小されたけれども、階層として消滅したのではなく、再編成されたというべきだろ う。  同じようなことは、日本についても言えるのではあるまいか。いや、これ自体が討論のなかで 深められるべき論点である。先走るのは止めよう。ただ、たとえば近年の日本の自動車や鉄鋼に ついての調査研究を読むと、現場監督者は改善活動の中心になっているという。 このような研究が現われはじめた現在、現状分析と歴史研究のそれぞれの分野の研究者が集まる この社会政策学会の大会において、両者の交流を試みてみてもよいのではないか。座長という役 回りを演じる者として、こう考えている。  それぞれの報告者の要旨を見られてわかるように、業種も、中心とする時期もさまざまである。 私としては、ある枠組みを設定した国際比較というよりは、いくつかの筋を立てたうえで、細部 を突き合わせるという試みをしたい。その筋としては、これからさらに詰めてゆく必要があるけ れども、給源としての教育制度も含めた「養成」過程にひとつの焦点を当ててみたいと考えてい る。

戦間期アメリカにおける職場の階層性と労働者

        ---- GE Schenectady Worksにおけるフォアマンの問題を中心に ----

           関口 定一(中央大学) 1.Schenectady Worksにおけるフォアマン問題 2.GE Schenectady Works: 職場組織、労働者の構成、監督者の位置 3.フォアマン: 出自・機能・権威・ステータス 4.1920年代の職場の階層性と労働者:フォアマンとは何か、1920年代の職場問題 の核心は何だったのか

第3分科会 ポスト北京会議の政策展開

フィリピンにおける女性政策

            橋本ヒロ子(十文字学園女子大学) 1. はじめに  1947年に国際連合が第1回の女性の地位委員会(注1)を開催してから25年後の1972年、国連 総会は1975年を国際女性年と定める決議を採択した。そして、1975年6月19日―7月2日、メ キシコ市で第1回目の世界女性会議が開催され、世界女性行動計画(以下行動計画)が採択された。 行動計画では、各国政府は女性の地位の向上を図るための国家組織(ナショナルマシーナリー)を 設置するよう勧めている。  フィリピンでは、この行動計画採択前の1975年1月に、大統領令(President Decree)633号が公 布され、フィリピン女性の役割国内委員会(National Commission on the Role of Filipino Women以下 NCRFW)を設置することが定められた。これだけではなく、これから述べるように、フィリピ ンは女性の地位の向上を図るための政策推進に関しては、アジアのみならず、世界のモデル的な 立場にあるといえよう。フィリピンにおいて男性に対する女性の地位は、アジアにおけるその他 の国々に比べると確かに高い(注2)。一方でメデイアを通じて報道されている、一部ではある が悲惨な状況にあるフィリピン女性移民労働者の問題もあり、フィリピン女性政策の実質性、有 効性への疑義が生じるかもしれない(注3)。しかし、女性の地位の向上を図るための女性政策 は、20年前に始まったばかりであり、より厳密にいえば、フィリピンで女性政策が、本格的に 一般女性のエンパワーメントに向けて活動を始めたのは、1986年から始まったアキノ政権以降 であることに留意すべきであろう。  なお、女性の地位の向上を図る施策は、保健省、社会省、農業省、農地改革省、労働雇用省等 様々な省で実施されているが、本稿ではこれらを調整し、統括するNCRFWに焦点を当てて論じ る。 2. フィリピン女性の役割国内委員会(NCRFW)の発展 前述のように1975年1月に公布された大統領令では、NCRFWを大統領に対する助言機関とし て位置づけ、委員長はマルコス大統領夫人、委員は閣議メンバー、女性団体の長、商工会議所の 長等としている。 1986年のアキノ大統領の就任に伴い、NCRFWの 委員長には1985年の第3回世界女性会議の 事務局長であったシャハニ氏が、また、事務局長としては、それまでコミュニテイ活動等を通し て女性運動を進めてきたリケン氏が就任し、 NCRFWのメンバーは全員NGO代表に代えられた。 1989年には中期国家開発計画に対応した「フィリピン女性開発計画(1)989―1992」 が策定され、この計画を実施するために、政令348号がご公布された。  本政令は、女性開発計画の実施、調整、モニター、評価、改正を大統領の諮問の元に、NCRFW が行うこと、そのために、NCRFWは関連省庁会議を招集し、関連省庁は、フォーカルポイント を設置することが定められた。フォーカルポイントの構成、レベルは各省庁に任せられているが、 多くの場合、事務次官を長に関連局長がメンバーとなっている場合が多い。  1991年6月「開発と女性および国家建設法」が公布された。本法律には「男性の対等なパート ナーとして、開発および国家の建設その他の目的のために女性の参画を推進するための法律」と いう副題が付いている。本法律の最も注目すべき点は、本法律の責任省庁が国家経済開発庁 (National Economic and Development Authority 以下NEDA)であるということである。NEDAは NCRFWの協力のもとに、女性の国家開発への参加に直接・間接に関連するすべての省庁が、女 性の国家開発への参画を保証することを強調している。この法律における事業内容として、第1 優先順位を与えられているのが、女性の海外や都市への移住を防ぐため、農村部における女性の ための雇用機会、所得創出機会を増進するようなプロジェクトの策定・実施となっている。本法 律では、各省庁は当該省庁の実施状況について、NCRFWへの6ヶ月毎の報告義務が課せられて いる。  「ジェンダーに対応した開発のためのフィリピン計画1995―2025」が1995年9月第四回世界 女性会議の最中に発表された。この30年計画は内容的にはフィリピン中期経済開発計画に対応 し、6年毎に見直すこととなっている。この計画を実施するために公布された政令273では、各 省庁は本計画の実施状況について大統領に提出する年次報告書に含めることが義務づけられ、 NCRFWは本計画の実施に関して関連省庁と協議の上、政令、通達、ガイドラインを出すことが 認められた。さらに、関連省庁は本計画実施のための経費を毎年歳出予算に組み込むことが定め られた。取りあえず、1995年度から、各省庁は歳出予算の最低5%を女性の地位の向上のため に使うことが義務づけられている。 3.NCRFWの機能と活動;政府の方針、施策、職員の意識からジェンダーバイアスの除去  NCRFWの委員は政令208号で関連省庁大臣(次官が代理出席可)ならびにNGOの代表者半々 になっていが、政令268でNGOがprivate sectorに代えられ、NGOとしては全国女性団体協議会 の代表だけが認められた。  ラモス大統領の就任以来、NCRFWでは、NGO色が弱まる一方で、関係省庁に対する権限が強 化され、民間の影響力が強められていると言えよう。  NCRFWの事務局は、1996年には3部から5部に拡大、定員も65名に増員され、契約職員を 入れると97名となった。NCRFWの予算は年により変化はあるが、平均して半分は国際援助機 関に頼っていると言えよう。NCRFWが女性の地位向上の国家機構としてモデル的な役割を果た しており、国際援助機間としては援助効果があると判断しているためか、フィリピンの経済復興 に伴い減額されつつある海外援助もNCRFWに関しては例外的な傾向を示している。  NCRFWおよび事務局の職務内容を別紙1に示すが、女性政策調整機関としての基本的活動(調 整、モニター、政策分析、調査研究)を行うことになっている。従って、フィリピン女性のエン パワーメントのための施策や具体的なプロジェクト(より良い職に就き収入を上げるための技能 訓練、女性自営業者に対する資金措置など)及び取りたてて女性を対象としない一般の事業を実 施している各省庁がジェンダーの視点で行えるように、NCRFWは各省庁の担当者の意識を変革 し、指導し、相談に預かる役割を果たしている。この意識変革や指導に関して、各省庁のフォー カルポイントのメンバーにはNCRFWが直接行っていたが、その他の職員に対しては、むしろ各 省庁のフォーカルポイントが行えるようにするため、NCRFWはガイドラインや手引書の作成、 ジェンダートレーニングのマニュアル作成、指導者の養成等に力を注いでいる。議員立法を支援 する議会事務局のためのジェンダーの視点をいれるためのガイドラインも作成している。  ジェンダーに対応した開発計画とは、女性を対象にしたプロジェクトを増やすと言うのではな く、すべての開発方針やプロジェクトからジェンダーバイアスを除くことである。開発プロジェ クトに関わるすべての職員の意識からジェンダーバイアスをなくさない限り、その目的が達成で きないため、機関の方針や職員の意識を変えるためのジェンダートレーニング(トレーナーの訓 練も含む)やマニュアルづくりが、NCRFWの主な活動の一つとなっているのも当然であろう。 中央官庁に続いて、地方の出先機関およびその職員のジェンダーバイアスをなくす活動を行う計 画となっている。  各省庁の施策・方針・活動に対するジェンダーの視点によるモニタリングや調整もNCRFWの 主な活動である。そのための方法としては、前述したように、各省庁がNCRFWへ報告書を提出 したり、大統領に提出する省の年次報告書に入れ込む等あらゆる可能な機会を活用している。各 省庁の開発計画を監督し統括しているNEDAや大統領が、モニタリングをするNCRFWの背後 にいると言うことは、日本では考えられないが効果的なやり方であろう。上院下院ともに女性と 家族委員会が設置されており、女性や家族に関わる法案審査をしているがNCRFWの政策調査部 と密な連携を持っている。 4. 展望  1995年に策定された「ジェンダーに対応した開発のためのフィリピン計画1995―2025」が30 年のスパンになったのは、アジアでは比較的女性の地位が高いフィリピンにおいても、男性と同 等な地位に持っていくためには少なくとも30年は必要であるという展望に基づいている。  すべての分野のすべてのレベルにおける男女の割合を40―60%にすることが望ましいという のも目標の1つであるが、公的な分野ではかなり達成可能なのではないかと思える。例えば公務 員は女性の方が多いが、女性の方が一般的に優秀だといわれているにもかかわらず、勤続年数等 の制約でから女性は低いレベルに多い。そのため、省庁の建物に託児所を設けることを法制化し たり、フレックスタイムにしており、女性が働き続けやすい環境整備を着々と進めている。 注1) 日本政府は公式には、「国連婦人の地位委員会」、「世界婦人会議」、「世界婦人行動計画」 というふうに「婦人」を使っているが、「女性」を使った。 注2) 国連開発計画(UNDP)の1995年の人間開発レポートによると、人間開発指標(HDI) では、フィリピンが100位、中国が111位と低いが、ジェンダーエンパワーメント尺度(GEM― 女性国会議員の割合、女性の管理職の割合、女性専門職の割合、収入の配分を元に計算)の順位 がフィリピンはアジアの開発途上国では23位の中国に次いで28位と高くなっており、国の開発 レベルの比べて女性の地位が高いことを示している。それに対して、日本はHDIは3位である のに、GEMは27位と先進国の中で最も低いグループに入っている。 注3) 女性移住労働者の問題は、フィリピンにおける女性差別の結果というより、受け入れ国の 女性ならびに移住労働者差別ならびに移住労働者保護のための法整備の遅れ、さらには移住労働 者からの送金に頼らざるを得ないフィリピンの経済構造に帰することが大きいといえよう。しか し、労働雇用省をはじめ、フィリピン政府は移住労働者の数を減らすための就業機会の充実等を 進めている。さらに、フィリピンの経済状況が改善し、平均収入が向上すれば、男女ともに移住 労働者の数も減少することが予測される。

オーストラリアの女性政策と女性運動

         ──政府のコミットメントを引き出す女性政策機構とは──

  田中和子(國學院大学) 1.はじめに  第4回国連世界女性会議(北京会議)の準備段階で、同会議を「コミットメントの会議」とな すよう提唱し、1995年9月の北京会議本番でも60カ国以上の政府のコミットメント表明を引き 出すことに成功したオーストラリアは、国内女性政策機構構築の上でも、一つのモデルを提供し ている。  本報告では、オーストラリアの女性政策機構(主に連邦政府のそれに焦点を当てる)が作り出 される牽引車となったオーストラリアの女性運動の動向にふれた後、同国の女性政策推進メカニ ズムの特徴について概観し、最後に1996年3月の新政権成立以降の変化について言及する。 2.オーストラリアの女性運動 (1)1970年代の女性運動の活性化と政府への働きかけ  オーストラリアの女性政策の性格を知るには、まず同国の女性運動の特徴をみる必要があるだ ろう。  オーストラリアは、ニュージーランドに次いで、1902年という最も早い時期に女性参政権を 獲得した国である。しかし、そのことが即、女性の政治的パワーの拡大にはつながらなかった。 いくつかの女性団体が運動をくりひろげたにもかかわらず、女性の公的領域での影響力は、戦前 ・戦後を通じて必ずしも大きいものとはならなかった。  この状況を変えたのが、1960年末から1970年代初頭にかけてはじまった、いわゆる第2波の 女性運動である。新しい女性運動は、活動の焦点を、政府組織の中にフェミニストを直接送り込 み、その政策や機構を女性や女性運動の要求を反映したものにつくり変える、という“戦略”に 収斂させていった。そして、結果的にそうした官僚機構をつくり出すことに成功するのである。 この運動の中心になった女性団体が、女性有権者ロビー(Women's Electral Lobby, 通称WEL) である。 (2)WELの活動  政党に属さない女性のロビー・グループとして発足したWELは、1)平等賃金、2)雇用機会均 等、3)教育への平等なアクセス、4)無料の避妊サービス、5)中絶の権利、6)無料の保育所という 6つの要求を掲げて政治活動を展開したが、72年の連邦選挙に際して、各候補者に対し、上記 の要求についての彼らの考えを聞くインタビュー調査を実施し、その結果を公表した。これが女 性の有権者の投票行動に影響を与えると同時に、議員達の女性問題への関心をも高めるところと なり、保育問題、避妊、同一価値労働同一賃金等が政治的争点を形づくった。選挙に勝利した労 働党は、直ちにこうした問題に取り組む旨を表明し、一方、WELは、政府内に女性政策機構を 作り出し、反差別・機会平等立法を制定するためのロビー活動を続け、フェミニストを国会や政 府官僚機構に送り込む活動を展開した。  こうしたWELの活動の成果は、たとえば1983年段階の調べで、女性の国会議員の28%がW ELのメンバーであるか、元メンバーの人々であったという数字に、あるいは1990年に西オー ストラリア州の4人の女性の閣僚のうち、州知事を含め3人までが、また南オーストラリア州の 3人の女性の閣僚のうち2人までが、WELのメンバーだったという事実にも示されていよう。  立法府ばかりでなく、WELのロビー活動によって作り出された政府の女性政策担当部門や機 会平等部門にも、多くのWELメンバーが入っていった。WELに代表される女性運動からの要 請を身にまとい、政策決定・策定に影響力を及ぼす議員や官僚の地位についたフェミニストたち は、フェモクラット(femocrat)と呼ばれている。WELは、これらの女性たちの政治的トレー ニングの場でもあったといえよう。 3.オーストラリアの女性政策推進メカニズム (1)女性政策機構における「車輪モデル」  1973年に生まれたウィットラム政権の下で、女性政策機構づくりが開始された。そこで問題 とされたのは、いかにして女性政策担当部門が周辺化(マージナル化)されるのを防ぎ、最大限 効果的に女性政策の開発と浸透をはかるかということであった。そこで採用されたのが、まず首 相府に女性政策全般にわたる調整機能を持つ女性政策調整部門をもうけ、一方で、各主要省庁に も女性政策部門を設置して、放射状の連携システムを作るという方法である。キャンベラ大学の 社会政策学者メアリアン・ソウァーは、前者の首相府女性政策調整部門を車輪の軸頭に、後者の 各省庁女性政策部門を輻にみたてて、この方式を「車輪モデル」ないしは「中央・周辺モデル」 と呼んでいる。このモデルの背景には、独立した女性問題担当部局(女性省、男女平等省など) を設けるという方法(「独立省モデル」)に比べ、この方式が、官僚機構内部での女性問題担当 部門の孤立化やマージナル化を防ぐのに効果的であるという認識がある。  この「車輪モデル」による女性政策機構が実質的に形づくられるのは、1976年、フレイザー 政権の下においてである。すでに、首相府内に設けられていた女性問題部を核とする、また保健 省、教育省、社会保険省、移民・民族問題省その他の省庁に設けられた女性政策部を輻とする女 性政策機構が誕生した。また、同年6月には、女性問題に関して首相を補佐するオーストラリア 初の大臣も任命されている。以後、女性問題部が女性問題担当室へ、さらには女性の地位局へと 改組されるといった変化はあるものの、車輪モデルに依拠した女性政策機構は、大枠において維 持されている。 (2)女性政策の二つの柱  オーストラリアの女性政策の最も大きな特徴は、一方で、政府の予算措置による女性の福祉・ 健康・性差別防止等にかかわる広範なサービス事業をうち立てるとともに、他方では、たんに女 性に向けた政策のみならず、政府のあらゆる政策をジェンダーの視点からモニターするメカニズ ムを作り出した点であろう。  特に、政府予算による女性中心的なさまざまなサービス活動の支援とならんで、オーストラリ アの女性政策に独自性を与えてきたのが、政府のさまざまな分野での施策が、女性に対してどの ようなインパクトを与えているのかを、そのすべてにわたってモニターするという試みであった。 これは、女性と男性の社会的地位や役割が未だ異なる以上、政府のどの領域のどんな施策も、決 して両性に対して同一のインパクトをもたらすことはありえない、という前提にたつ。1984年 の導入当初は「女性財政プログラム(Women's Budget Program)」と呼ばれ、のちに「女性財政声 明(Women's Budget Statement)」へと名称を改めたこのプログラムは、連邦各省庁・機関に対し、 毎年、その部局の活動や施策がどの程度女性の生活に影響を与えるかに関して報告することを要 求した。すなわち、それまで男女の区別なく、一括して報告されてきた各部局の施策が、男女別 に記録され、評価され、報告されることが求められるようになったのである。この女性財政報告 がカバーする範囲は、教育、雇用、賃金、年金、公共投資、税制、不払労働など、多岐にわたり、 それらの諸局面における政策のインパクトが、ジェンダーの観点から吟味された。その結果、こ れまでジェンダーに無関心だった各部局の政策担当者の間に、いかなる政府の施策も、両性に対 して決して中立的ではありえないという認識を広めるところとなったのである。こうした認識こ そが、政府のあらゆる機関の政策をジェンダーに配慮したものへと変えていく出発点となるとい えるだろう。  政府の施策全般に投入される支出は、女性を独自の対象とする女性政策への支出に比べ、その 規模がはるかに大きい。したがって、それらをよりジェンダーに配慮したものにすることは、あ らゆる分野における男女平等あるいは「ジェンダーのメインストリーム化」という課題に対して、 極めて重大なインパクトを与えることになるだろう。政府の諸施策がどの程度女性に還元されて いるのかをはかる、いわば物差しの役割をはたす女性財政報告システムは、連邦政府だけでなく、 州政府においても採用された。 (3)連邦女性の地位局  連邦政府の各省庁が実際の利用に供しうる女性財政報告を提出するよう促し、それらの報告を 取りまとめて、報告書の作成を行っているのが、女性の地位局(Office of Status of Women)であ る。  女性の地位局は、連邦レヴェルにおける女性政策機構のいわば車軸の中心をなす機関であるが、 同局が、政府の諸政策全般に関して最高調整機能を有する首相府におかれ、各種の内閣提案や閣 内プロセスへのアクセスが可能である“戦略的位置”を占めていることは重要である。  同局の政策アドバイス・モニタリング機能に関しては、報告の中でより詳しく言及する。 4.新政権成立後の変化  1995年3月の新政権誕生により、社会政策の力点が「社会的公正」の実現から「効率性」や 「結果」の重視へとシフトする中で、オーストラリアの女性政策および女性政策推進機構にいく つかの変化が生じている。報告の最後では、この点についてもふれる。

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自由論題 第1会場 女性労働

鳥取県における男女の労働意識と実態分析

藤原 千沙(東京大学大学院)  1995年北京で開かれた第4回世界女性会議を受け、昨年12月には日本国内の新しい行動計画 である「男女共同参画2000年プラン」が策定された。各都道府県や市区町村でも女性プランの 策定や改訂が相次ぐなど、日本の女性政策は男女共同参画社会をめざす新しい段階を迎えている。 だが、国連を中心とした国際機関の動向とそれに合わせた日本政府の取り組みは、はたして地域 の女性のニーズに合致したものなのだろうか。国連の北京行動綱領にも政府の行動計画にも、そ の策定過程で日本の女性NGOは積極的に関わってきたが、それは一部「進歩的」女性の関与で あって一般女性には縁遠いなどと指摘されることがある。  とくに、女性政策論議や国際ニュースにふれる機会の少ない地方女性は、いまだに3世代同居 率が高く、家庭志向で性別分業肯定的であり、政府がめざす男女共同参画社会の実現など求めて いないとみなされることがある。だが地方の女性は、婚姻後も働く率が高く子どもの数も多いの で、実態を的確にとらえればむしろ都市女性より女性政策へのニーズは高いとも考えられる。と りわけ労働問題は地域差があり、都道府県ごとの労働力率の最高値と最低値の差をみても、男性 の8.1ポイントに比べて女性は15.4ポイントと大きく、全国平均値や都市で働く女性を基準に施 策を進めるのは危険である。各地域それぞれにおける意識や実態、政策ニーズの把握を基礎とし て、各地域の実情に即した施策の展開が必要であろう。  以上の問題意識をもとに、本報告では、鳥取県における男女の労働意識と実態分析を試みる。 報告者は1996年、鳥取県が県の男女平等施策をはかるうえでの基礎資料収集として行った県内 男女就業者を対象とする調査に、調査委託機関のメンバーとして調査の設計段階から参画する機 会を得た。本報告では、その調査結果のなかからいくつかの項目を個票データをもとに再集計し、 他の地方自治体調査との比較を通して、鳥取県という山陰一地方の特徴を析出する。また、過疎 化が進む農業県であることを考え、県内における都市的地域と山間地域との差にも注目する。 [報告の前提]  分析対象である鳥取県の基本指標のいくつかを、「国勢調査」「県民経済計算年報」「賃金構造 基本調査」「全国消費実態調査」の最新データからあげておく。  鳥取県は本州の南西部に位置し、北は日本海、南は中国山地に挟まれた、東西に細長い県であ る。森林面積が県総面積の74%を占め、人口は61万人と全国で最も少なく、鳥取市、倉吉市、 米子市、境港市の4市と、31の町、4つの村からなる。39市町村のうち人口自然減の市町村が28 団体存在し、12団体が過疎指定を受けている。高齢化率は19.3%(全国14.5%)で全国5位の 高さであり、生産年齢人口の割合は63.6%(全国69.4%)と全国45位である。労働力人口は34 万人で、労働力率は男性78.1%(全国78.8%)、女性55.4%(全国49.1%)であり、女性の労 働力率は福井県56.1%に次ぐ。就業者のうち第1次産業従事者の割合が14%(全国7%)と高 く、雇用労働者の割合は70%(全国74%)と低い。一人当り県民所得は2445千円(全国3037 千円)、県内就業者率は98.4%(全国92.2%)である。きまって支給する現金給与額は、男性は 299千円(全国361千円)で全国41位、女性は189千円(全国21!8千円)で全国34位であり、男女 賃金格差は全国平均より小さい。月平均実労働時間は男性186時間(全国187時間)、女性178 時間(全国176時間)である。二人以上の勤労者一般世帯の勤め先収入に対する男性世帯主の収 入割合は67.9%(全国79.2%)、女性配偶者の収入割合は18.2%(全国11.2%)であり、有業 人員は2.03人(全国1.71人)である。親族世帯のうち核家族世帯が占める割合は64.2%(全国79.2 %)、直系3世代世帯の割合は25.7%(全国14.1%)である。  本報告では次の調査の個票データを用いて分析を加える。 調査主体:鳥取県 調査名称:「鳥取県女性労働問題に関する意識と実態調査」 調査時期:【予備調査】1996年6月1日      【本調査】 1996年7月1日 調査対象と選定:鳥取県に居住する満18歳から59歳までの男女 (本調査の対象となる客体を抽出するため予備調査を実施した) 【予備調査】男性3000人、女性5000人を、1995年3月1日現在の住民基本台帳人口 (20-59歳人口)により、県内全39市町村に比例配分各市町村での対象者の抽出は、該当人口を 割当数で除した数を抽出間隔とした無作為抽出。   【本調査】予備調査の有効回答者のうち、1ヵ月以上雇用されている雇用労働者全員、 家族従業者全員 調査票:雇用労働者用(全52問)、家族従業者用(全22問)、男女同一調査票を使用 調査方法:県から調査対象者に対する直接郵送方式 調査機関:財団法人とっとり政策総合研究センター 調査報告書:『とっとりの男女がともにつくる労働と生活−鳥取県女性労働問題に関する意識と 実態調査報告書−』鳥取県発行、1996年11月 有効回答率:【予備調査】女性49.4%(2469人)、男性42.2%(1265人)       【本調査】雇用労働者;女性84.0%(1254人)、男性79.5%(820人)            家族従業者;女性83.8%(166人)、男性68.4%(13人)

自由論題 第2会場 福祉問題

戦後日本における婦人保護事業の展開

堀 千鶴子(一橋大学大学院) T 報告の狙い  今日、社会福祉の分野において、女性を対象とした領域の一つに婦人保護事業がある。婦人保 護事業とは、1956(昭和31)年に成立した売春防止法の第4章「保護更正」部分を根拠法とし ており、実践の具体化は婦人相談所、婦人相談員、婦人保護施設によって遂行されている。法的 には、対象者は「要保護女子(性行又は環境に照らして売春をおこなうおそれのある女子)」と されている。  売春防止法施行直後の婦人保護事業の主な役割は、集娼地区に従事している等の直接的に売春 問題をかかえている女性に対する援助であった。しかし今日では、性の商品化が隆盛となり、売 買春も多様化・拡大している一方で、婦人保護事業の対象者には表面上、売買春問題をかかえた 者が減少し、さらに婦人保護施設の利用率の低さ等から、婦人保護事業は危機的状況にあるとい われる。そこで、本報告は、戦後における婦人保護事業の展開を再確認し、婦人保護事業の今日 的役割を再検討する試みである。 U 報告の構成 1.婦人保護事業の沿革  (1)売春防止法の成立  (2)婦人保護事業の目的 2.婦人保護事業の展開 (1)対象者の変化  (2)施設の動向 3.課題と展望

介護保険と措置制度をめぐる論争に関する一考察

田中 きよむ(高知大) T 問題の所在 現在、2000年度からの施行をめざした介護保険法案が国会で審議されているが、この法案 にいたる介護保険構想をめぐっては、賛成論(介護システムとしての保険方式支持派)と反対論 (措置制度等による税方式支持派)を両軸とした盛んな議論が展開されてきた。 しかし、両派それぞれが推進か抑止かという立場に固執するあまり、どちらの方式にも存在す るはずの長所・短所が公平かつ客観的に検討されにくくなっている。本報告は、どちらの方式を も絶対視することなく、両方式の各々の方向性を追求した場合、それぞれにどのようなメリット があり、また、どのような点が課題になるかという観点から、将来にむけた介護システムのあり 方を考察する。 考察の進め方としては、従来の措置制度と介護保険構想それぞれの基本的特徴をおさえつつ、 両制度をめぐる諸論点を吟味しながら、保険方式あるいは税方式それぞれの方向性を追求する場 合の政策課題を明らかにしてゆきたい。いずれの場合も、短所を完全に払拭できない限り、最善 のシステムを描くことは難しいにせよ、短所を極小化してゆくための次善の方向性を探ってみた い。 U 従来の措置制度の基本的特徴 長所:生活保障に対する公的責任の明確化、所得再分配機能による低所得者保護、等。 短所:権利性が弱い、財源の増大に制約・抵抗がつきまといやすい、等。 V 介護保険構想の基本的特徴 長所:契約的性格が強く権利意識が醸成されやすい、財源が担保されやすい、等。 短所:サービスをめぐるトラブルを発生させやすい、制度離脱者の発生、等。 W 保険方式および税方式をめぐる諸論点の検討 1)権力性と権利性について 2)給付決定のあり方の問題 3)給付対象者の範囲の問題 4)給付内容の問題 5)介護と医療の関係について 6)給付対象者の費用負担の問題 7)財源調達・調整の問題 8)サービス基盤整備と計画推進の問題 W 介護システムの展望〜より民主的で合理的な方向を求めて〜 1)税方式の課題と方向 2)保険方式の課題と方向

福祉が生産と雇用を誘発する効果について

      −−1990年産業連関表による分析

                          塚原康博(明治大学)  1 問題意識  本報告では、福祉活動を労働力や中間財等を投入して福祉サービスを生産する産業部門の1つ とみなすことにより、福祉が雇用や他の産業部門の生産をどれだけ誘発する効果があるのかを産 業連関分析を使って定量的に明らかにする。  もちろん、福祉の第一の目的は、社会的にハンディキャップを負っている高齢者、児童、障害 者等に生活支援のためのサービスを提供することであるが、これから本格化する少子化・高齢化 社会においては、このような福祉サービスを家庭内労働に頼ることは困難であり、そのような労 働が主に女性に担われていることを考えると、福祉サービスの供給を家庭内労働に頼ることは、 両性の平等の観点からも望ましいことではない。 そこで、福祉サービスの供給主体として、公的な組織や非営利組織、さらには民間組織による 福祉サービスの提供に期待がかけられている。現在、国会の審議を通じて、公的介護保険が導入 されようとしているところであり、この保険が導入されれば、民間組織による福祉サービスへの 参入も促進されると予想されている。  このように、社会の少子化・高齢化にともない福祉サービスが拡大していけば、福祉活動が経 済や雇用に与える影響も無視できないものとなるため、福祉活動を1つの産業として位置づけ、 それが雇用や他の産業部門の生産に与える効果を明らかにしておくことは、今後の福祉政策の効 果を考えるうえでも必要不可欠なアプローチとなろう。 2 分析方法  本報告では、上記の問題意識の下に、現在公表されている最新の産業連関表である1990年 の産業連関表を用いて、福祉が雇用や生産を誘発する効果の産業連関分析を行う。 本報告では、 公表されている産業連関表を物財産業24部門とサービス産業部門24部門に再編成し、サービ ス産業の中に社会福祉部門を分離・独立させた。社会福祉部門を1つの産業部門として分離・独 立させることで、福祉の雇用および生産の誘発効果をみることが可能になるのである。なお、本 報告は、宮澤健一教授を座長とする医療経済研究機構の研究プロジェクト「医療と福祉の産業連 関分析研究会」の研究成果の一部である。  ここで用いる福祉活動の定義は、1990年の産業連関表に準拠したものであり、福祉事務所、 児童福祉事業(保育所等)、老人福祉事業(特別養護老人ホーム等)、精神薄弱・身体障害者福 祉事業(精神薄弱者養護施設等)、更生保護事業等による社会福祉施設サービス活動および社会 福祉地域サービス活動のことである。なお、1985年の産業連関表と比較すると、1990年 の産業連関表では、社会福祉活動の範囲が拡大され、福祉事務所の活動と社会福祉協議会の活動 が新たに含まれることになった。それゆえ、1985年との比較を行う際には、定義変更の影響 に留意する必要がある。  ここで、分析対象となる1990年に至るまでの社会・経済状況を1970年代から振り返っ てみると、日本は1970年代に2度の石油ショックを経験したが、石油ショックにより低成長 経済へと移行したため、国の歳入が大幅に不足し、1970年代の後半から大量の赤字国債を発 行するようになった。国債の発行が増え続ける中、財政再建の必要性に迫られた国は、1980 年代のはじめに第2次臨時行政調査会を設置した。そして、第2次臨時行政調査会は行政の効率 化や財政支出の整理合理化を主たる内容とする答申を5次にわたって提出した。このような状況 の下で社会保障も見直しを迫られ、効率化のための数々の制度改革がなされてきた。  社会保険に関する制度改革では、被用者医療保険の本人給付の引き下げや年金給付の引き下げ がはかられ、社会福祉に関しては、地方自治体の民生関係の公務員の抑制、公立の社会福祉施設 の民営化、民間社会福祉法人への措置委託等の政策がとられてきた。さらに、1980年代後半 には、国庫支出金の補助負担率の引き下げ措置がとられ、施設福祉関係の国の補助負担率は従来 の10分の8から最終的に10分の5に引き下げられた。他方で、この措置に合わせ、地方の自 主性を尊重するという方針の下で、社会福祉施設の入所措置が機関委任事務から団体委任事務へ の改められた。以上のことより、1980年代の社会福祉は、国の財政再建に端を発する行財政 改革の影響を強く受け、地方への権限委譲や民営化・民間委託が進行することとなったのである。 3 分析結果の要約 (1)国民経済上の地位  社会福祉活動の生産額についてみてみると、1990年の産業連関表による社会福祉活動の生 産額は2兆4590億円であった。社会福祉活動の生産額が産業連関表の国内生産額に占める比 率と公共的サービスに占める比率はそれぞれ0.28%と3.08%であり、いずれの比率も小 さい。これは、行財政改革の影響によるものと思われるが、今後はこの比率が拡大していくこと が予想される。 (2)需要構造  社会福祉活動は、他の産業の原材料として使用されないため、中間需要がゼロであり、すべて 最終需要部門によって需要される。それゆえ、社会福祉活動は最終需要を通じてのみ生産波及効 果を受け、他の産業部門からの中間投入を通じた生産波及効果は受けない。需要先では、地方政 府による需要がもっとも大きい。これは、社会福祉活動において、地方政府の役割が大きいため である。 (3)投入構造  中間投入率は28.40%であり、他の産業部門と比較すると、低い部類に属する。中間投入 の内訳をみてみると、中間投入比の大きい順に、食料品(4.25%)、医薬品(3.05%)、 卸売業(2.50%)、その他対事業所サービス(1.72%)、建設(1.57%)である。 食料品は社会福祉施設等の利用者へ食事として提供されるものである。粗付加価値率は71.5 9%であり、他の産業部門と比べ、高い部類である。粗付加価値投入の内訳をみると、賃金・俸 給の比率が大きく、賃金・俸給、社会保険料、その他の給与および手当の3つの合計を人件費と すると、66.43%であり、48産業部門の中で教育、公務(地方)、保健衛生に次いで4番 目に大きい。それゆえ、社会福祉活動は、マンパワー依存的な産業といえる。 (4)中間投入を通じた生産波及効果  ある産業部門に1単位の需要が生じたとき、中間投入を通じて、当該部門も含め産業部門全体 で何単位の生産が誘発されたのかを集計して示す逆行列係数の列和をみると、社会福祉活動は、 産業全体の平均と比べると他の産業への生産波及効果は小さい。 (5)消費活動を通じた生産波及効果  社会福祉活動が各産業の生産を誘発する効果は中間投入を通じたルートだけではなく、生産の 増加が所得の増加を生み、所得の増加が消費の増加をもたらし、さらに消費の増加が生産の増加 を誘発するルートもある。前者は各産業部門の生産活動を通じた生産誘発ルートであるが、後者 は家計の消費活動を通じた生産誘発ルートである。とりわけ、人件費比率の高い社会福祉活動の 場合には、消費活動を通じた生産波及効果は大きいと考えられるので、このルートを考慮しない と生産波及効果を過小評価するおそれがある。そこで、消費活動を通じた生産波及効果のルート に注目した分析も行った。  大阪府の産業連関表を使い、消費を通じたルートによる生産波及効果の推計を行った先行研究 として永峰(1995)があるが、ここでは、永峰(1995)に依拠した分析を行い、この効果を求めた。 それによると、社会福祉活動の消費を通じた生産波及効果は、全産業部門の中では高い部類に入 り、公務(地方)、教育、保健衛生に次いで4番目に大きい。  中間投入を経由したルートと消費活動を経由したルートを合計した総効果を求めてみると、消 費性向の値次第(70%以上)では、社会福祉活動の効果は、全産業部門の平均を上回る生産波 及効果があることが判明した。これは、従来の通念に反し、社会福祉活動の生産誘発効果は必ず しも低くないことを示すものである。 (6)雇用を誘発する効果  ここでは、ある産業部門で1単位の生産を行うのに必要となる雇用者数を示す雇用係数を取り 上げ、次に、ある産業部門の1単位の生産が産業全体で究極的にどれだけの雇用者増を誘発する のかを示す雇用誘発係数をとりあげる。  雇用係数(生産額100万円当たりの雇用者数)の大きな産業はサービス産業に集中している が、これはサービス産業が人手を要する労働集約的な産業であるためである。社会福祉活動の雇 用係数(0.1750)は48産業部門中で最も高く、このことからも社会福祉活動は最もマン パワー依存的な産業として位置づけられる。  次に、雇用誘発係数をみてみると、ここでも、雇用係数の場合と同様に、係数の大きな産業は サービス産業に集中しており、社会福祉活動の雇用誘発係数(0.1998)は全産業部門で最 も高い。 参考文献 医療経済研究機構(1996)『医療と福祉の産業連関分析研究報告書』 塚原康博(1996)「医療活動の産業連関に関する研究」『医療経済研究』第3号、39-54ペー ジ. 塚原康博(1996)「人口の高齢化と地域福祉政策」『季刊社会保障研究』第32巻、第2号、 190-198ページ. 永峰幸三郎(1995)「福祉への投資は見返りのない投資か」『経済セミナー』488号、68-76 ページ. 宮澤健一編(1992)『医療と福祉の産業連関』東洋経済新報社.

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自由論題 第3会場 労使関係

電気通信産業の職場の労使関係

          ――人事労務管理制度の改編と労働組合

平木真朗(東京大学大学院)  目的  本報告は大きな環境変化という条件における労使関係のあり方を検討することを目的とする。 環境条件は労使関係に大きな影響を与える変数である。しかし労使関係を構成するのは一定の意 志・目的をもった人間の集合であり、なんらかの選択が行われると考える。ある環境変数を与え ることだけでは、労使関係の結果を語りつくすことはできない。環境変化によって何が変化し、 何が変わらなかったのかを一つの労使関係の事例を通して検討したい。  今回取り上げるのは、NTTの職場の労使関係で、状況は調査時点(1994年)におけるもの である。 2 環境要因  NTTの職場の労使関係をとりまく環境要因として以下のものがあげられる。第1が経営形態 の変化である。公共企業体であった電電公社は1985年に株式会社NTT(日本電信電話株式会 社)となった。この制度改編は政策、法制度の変更といった外部的な動きによって生じた点で環 境要因としてとらえることができる。第2は競争の導入である。制度改編の結果、それまでほぼ 電電公社の独占であった国内電気通信産業に競争が導入された。第3は、政治圧力である。NT Tの経営形態については1985年時点で決着したわけではない。NTTの組織分割を求める政府 側の圧力は依然として健在であった。NTTは要員合理化、競争条件の整備などの政策要求に応 える形でこの圧力に対抗してきた。 3 経営の対応  上述の環境変化に対応するためにNTTがとった施策は以下の通りである。  第1が組織改編である。まずそれまでの職能別ライン組織に代えて、地域・サービス別の事業 部制を導入した。これは、経営効率を高め競争に対応する側面があるとともに、サービス別の収 支を明確にすることで、競争条件の公正化を図るという政策要求への対応でもある。次が現場事 業所の再編である。それまでの現場事業所(電話局)を集約するとともに、管理段階を簡素化し た。これにより、現場事業所(支店)により多くの資源を配置し権限を与えることで経営能力を 強化し市場競争力を高めることが図られた。それは同時に人員の合理化も可能にした。最後に職 種構成が変化した。技術革新によって要員が減少していた設備保守部門の人員を減らすとともに、 新しい通信ニーズに対応するためのサービスである、通信システム営業部門の人員が増加した。  第2が労務管理制度の改編である。人的資源管理という点では、1)市場競争に対応できる人材 の育成と、2)新しい経営条件のもとでの制度運営に必要な資源の最適化が課題となる。1)にあた るのが査定を伴う職能資格制度である。これは労働者間の競争を導入することで能力向上の動機 を与え、市場競争に対応できる人材育成を図ったものといえる。同時にそれまでの職種区分を減 らし格差を均等化することで配置転換、職種転換を容易にすることも目指されているといえる。 2)にあたるのが教育訓練制度の運営である。Off-JT重視、現場事業所の権限強化といった変化が 起きた。それまでの中央集権的、画一的、過重な集合訓練といった運営を見直すことで、現場の 実態に見合った訓練体制を構築する一方で、経営責任が強化された現場の負担を軽減することも 目的とされる。 4 職場の労働組合の対応  この間のNTTの労働組合である全電通(全国電気通信労働組合)の基本姿勢の論理は雇用確 保(目的)→NTTの経営維持(手段)→経営合理化への協力(具体的姿勢)と整理できる。先 に触れた労務管理制度に関しては、全電通は公社時代、教育訓練の機会均等・画一的運営、査定 拒否による競争拒否という方


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