社会政策学会史料集



『社会政策学会年報』第1輯 学会記事

 終戦以降、社会科学の暗い谷間からの解放に伴い、社会政策部門における研究は他の部門にもまさって活発となった。蓋し、戦後、労働者の「解放」に伴って組合運動は急速な発展を示し、社会政策の分野においても著しい進展が見られ、経済的窮迫も加わって諸々の社会問題が次第に深刻となり、社会政策学徒に対し重大な課題を投じたからに外ならない。このため社会政策の分野における研究は日を経るに従って著るしく発展してきた。
 然し乍ら、新しい課題に対する研究者間の連絡及び研究機関としての学会の結成は、旧来の研究体制の崩壊と混乱に妨げられて、戦後の数ヵ年放置されてきた。然し学会の必要が忘れられていた訳ではない。我々の念頭には明治二十九年に創立された社会政策学会が、その創立以来社会科学の領域において輝やかしい成果をもって活動してきた追憶があった。そして、その輝やかしい伝統にも不拘、同学会は、大正末年内部的な諸事情のためにその活動を停止し、その後多年に亘る沈黙のままに推移してきた周知の事実があったのである。
 かかる間にあって次第に社会科学の研究体制も整備され、二十四年一月に日本学術会議が創立され、従来から存在した学会の活動が活発になるとともに、新しい学会が幾つか発足することとなり、これら諸学会が集って、二十五年一月二十二日には「日本経済学会連合」が結成されるに至った。以上の事情は旧社会政策学会のイデオロギーやその基盤とは異る条件の上に、社会科学の一分科としての社会政策学のための学会設立の気運を著しく昂めるに至った。
 かかる折、この社会政策の分野において二十四年春以降、服部英太郎教授の大河内教授批判の論文を出発点とし、社会政策の本質論をめぐる論争が活発に展開され、論争への参加者も次第に増加し、この論争は社会政策学研究者の関心を惹き、この論争を通じて研究者相互の連絡と理解は深まって行った。かくして学会再建の背景はできあがった。
 その頃(二十五年一月)本質論争についての研究報告のため上京された京都大学、岸本英太郎助教授と大河内一男教授との懇談からたまたま学会創立の話が出、ここに学会創立が正式に日程にのぼることになった。


 かくして三月に入り、大河内、岸本両名の名で次の八教授に学会創立に関する案内状が送られ、同月二十六日に初の懇談会が開催された。
 服部英太郎 井藤半彌 隅谷三喜男 平田冨太郎 藤林敬三 大友福夫 近藤文二 森耕二郎
 ここで学会創立の基本方針を確認、直ちにこの十教授が創立世話人となり、次いで五月に再び世話人会がもたれ創立総会までに必要な手筈が全て用意されることになった。
 尚この間、先ず旧社会政策学会との関係については旧学会理事、大内兵衛、上野道輔両名誉教授の了解を得、名称と財産を引つぐことになった。そして、新学会としては旧学会理事を名誉会員に推し、特に大内兵衛教授を顧問に推戴することに内定した。次に学会創立の発起人としては、先の十教授のほかに次の諸教授の参加を願うことになった。
 有泉 亨 鮎澤 巌 吾妻光俊 後藤 清 早瀬利雄 北岡寿逸 古林喜楽 村山重忠 美濃口時次郎 奥井復太郎 末高 信 住谷悦治 鈴木鴻一郎 竹中勝男 八木助市 山村 喬 山中篤太郎
 更に「社会政策学会設立趣意書」及び学会規約原案が審議決定され、会費及び入会金については、入会金二百円、年会費百円の原案を決定、設立総会及び報告会の日取りと場所を七月八日慶應、九日東大の両大学とし、報告論題は社会保障制度の実施が社会の問題となっていた折柄、先ずこの問題の研究報告をもって新生の社会政策学会は発足することになったのである。
 この間に作成せられた社会政策研究者のリストに基き、次に掲げる「社会政策学会設立趣意書」とともに、設立総会及び第一回報告大会の通知を発送したのである。

 社会政策学会設立趣意書
 わが国においては、経済の発展の著しい立遅れのため、労働者問題を中心として、種々の社会問題が山積しながら、久しく解決を与えられぬままに放置せられ、或いは問題の所在や解決が故意に覆い隠されて来たことは、周知の通りであります。今次大戦後、問題の正しい解決を阻害していた原因の多くが排除され、労働運動の展開及び民主主義的秩序の一応の確立にともなって、社会政策もまた著しい進展を見たのであります。しかしながら他方では、社会政策の進展と諸般の社会経済情勢との間には既に種々の摩擦が生じております。この間にあって、社会政策の各分野における科学的研究の機運は著しく昂まり、幾多の成果を得るに至ったことは、同慶に耐えないところでありますが、これが一層の理論的反省は、われわれ社会政策に関心を持つものの、ゆるがせにし得ない責務であると考えます。
 翻って嘗ての日本社会政策学会が果した学問的成果と役割とに鑑みるとき、戦後急速に進展しつつある社会政策と勃興しつつある斯学への要請に応えるために、研究体制の整備と研究者相互の連絡協同の必要をいよいよ痛感する次第であります。旧社会政策学会は諸種の事情により、大正末年以降活動を停止致しておるのでありますが、終戦後におけるわが国学界の活発な動きを見るに、学問の分化に伴って学会も分化し、社会科学部門においても既に幾多の専門学会が結成せられておる状態であります。ここにわれわれは社会問題および社会政策の研究を目的とする専門の学会を組織し、新しい社会情勢の下に「社会政策学会」を再建し、斯学の発展に努力し、且つ内外学会との連絡交流を図り、以て新しい日本の建設に寄与せんとするものであります。
 以上の趣意に賛同せられ、会員として御入会の上、斯学発展のために御協力賜わらんことを切望いたします。
 発起人(ABC順)
東京大学教授 有泉 亨
       鮎澤 巌
一橋大学教授 吾妻光俊
慶應義塾大学教授 藤林敬三
和歌山大学教授 後藤 清
東北大学教授 服部英太郎
横浜市立大学教授 早瀬利雄
早稲田大学教授 平田富太郎
一橋大学教授 井藤半彌
京都大学助教授 岸本英太郎
国学院大学教授 北岡寿逸
神戸経済大学教授 古林喜楽
大阪市立大学教授 近藤文二
名古屋大学教授 美濃口時次郎
九州大学教授 森 耕二郎
中央労働学園大学教授 村山重忠
東京大学教授 大河内一男
慶應義塾大学教授 奥井復太郎
専修大学教授 大友福夫
早稲田大学教授 末高 信
同志杜大学教授 住谷悦治
東京大学助教授 隅谷三喜男
東京大学教授 鈴木鴻一郎
同志杜大学教授 竹中勝男
神戸経済大学教授 八木助市
法政大学教授 山村 喬
一橋大学教授 山中篤太郎

尚前後するが創立総会で決定された学会会則を次にかかげる。

 社会政策学会会則
(名称)
第一条 本会は社会政策学会と称する。
    本会の事務所は東京都文京区本富士町東京大学経済学部研究室内に置く。
(目的)
第二条 本会は社会政策の研究を目的とし、兼ねて研究者相互の協力と便宜を促進し、内外の学会との交流を図ることを目的とする。
(事業)
第三条 本会は前条の目的を達成するため、左の事業を行う。
 一、研究報告会の開催。
 イ、毎年一回全国大会を開く。但し必要に応じて臨時の大会を開くことがある。
 ロ、別に定めるところによって地方部会を開くことができる。
 二、公開講演会の開催。
 三、内外の諸学会との連絡。
 四、機関誌その他の刊行物の発行。
 五、その他本会の目的を達するために必要な事業。
(会員)
第四条 本会は社会政策の研究者をもって組織する。
第五条 本会に普通会員及び名誉会員を置く。
第六条 普通会員となるには会員二名の紹介により幹事会の承認をうけなければならない。
第七条 名誉会員は本会員の中から幹事会が総会の議を経て推薦する。
第八条 普通会員は毎年四月(新入会者は入会の時)所定の会費を納めなければならない。
第九条 会員は機関誌その他の刊行物の実費配布をうけることができる。
第十条 会員は書面により幹事会に通告すれば退会することができる。
(顧問)
第十一条 会員であって多年社会政策学の発達に貢献のあったものは、幹事会の推薦により総会の議を経て顧問とすることができる。
(役員)
第十二条 本会に左の役員を置く。
 一、幹事 若干名
 二、監事 一名
第十三条 幹事は会員総会に於て会員の中から選挙し、本会の会務を処理する。
第十四条 監事は会員総会に於て会員の中から選挙し、本会の経理を監査する。
第十五条 役員の任期は二年とする。但し重任を妨げない。
(総会)
第十六条 本会は毎年一回会員総会を開く。
     幹事会が必要と認める時又は会員の三分の二以上の請求がある時は臨時総会を開く。
第十七条 幹事会は総会の議事、会場及び日時を定め予め之を会員に通知する。
第十八条 総会に於ける議長はその都度会員の中から選挙する。
第十九条 総会に於ける議決は出席会員の過半数による。
(会則の変更及び本会の解散)
第二十条 本会則を変更し、又は本会を解散するには、幹事の過半数の提案により、出席会員三分の二以上の同意を得なければならない。
(会計期間)
第二十一条 本会の会計期間は毎年四月一日より翌年三月三十一日までとする。
(附則)
 一、本会則は昭和二十五年七月八日から実施する。
 二、創立総会に参加した者は第六条による会員と認める。


創立総会及び第一回大会

 創立総会は七月八日午前十時から正午まで、慶應義塾大学を会場とし、主催校側藤林教授の開会の辞で始まり、座長に早大、北澤教授を推し、先ず東大、大河内教授の経過報告、旧学会代表、大内教授の挨拶として旧学会の歴史に関する話があり、次いで議事に入った。学会会則について東大、隅谷助教授の提案説明の後これを原案通り承認し、事務所を東大におくことに決定した。次いで会則に基づく役員選挙に移ったが、これは発起人会に一任され、次の如く決定した。
幹事
有泉 亨 大河内一男 岸本英太郎 近藤文二 新川士郎 竹中勝男 服部英太郎 平田冨太郎 藤林敬三 森耕二郎 山中篤太郎 古林喜楽
常任幹事
藤林敬三 大河内一男 服部英太郎 近藤文二 岸本英太郎
会計監事
大友福夫
日本経済学会連合への評議員
藤林敬三 末高 信
尚この役員決定のほか、会則に基いて
顧問
大内兵衛
名誉会員
上野道輔 神戸正雄 北澤新次郎 末川 博 末弘厳太郎 永井 亨 藤本幸太郎 森荘二郎 森戸辰男
の諸氏を推戴した。
 次いで午後一時から学会報告会に移り、次の報告があった。
社会保障について 大阪市大教授 近藤文二
アメリカに於ける社会保障制度 早稲田大学教授 末高 信
最低賃金論 専修大学教授 大友福夫
報告会終了後、午後五時から同会場内、学生ホールで盛大な懇親会に移り十時に散会。
 尚、当日までの入会申込者は百五名、当日の出席者は八十名に達した。
 学会第二日(九日)は会場を東京大学に移し、
午前
社会政策の本質をめぐって 京都大学助教授 岸本英太郎
午後
戦後の労働組合――実態調査報告―― 東京大学社会科学研究所研究員 氏原正治郎
の報告があり、両二日に亘る創立総会及び第一回学会大会をとどこおりなく終了した。
 その後学会は、日本経済学会連合への加盟申込みをし、同連合第五回評議員会(二十五年十一月十二日)席上でその加盟を承認された。
 尚、第一回学会大会終了後直ちに会則に基づき関東部会が設置され、十月十四日に早稲田大学で初の地方部会がその活動を開始した。

第二回大会

 秋の第二回大会については早くからその開催地を関西と定め、この旨の報告が第一回学会席上でなされたが、これにそうてその準備が京大、岸本助教授に託された。そして同助教授の尽力によって、第二回学会大会が十一月十、十一日の両日に亘って京都で開催される運びになった。尚第二回大会では、社会事業関係会員からの要望によって、社会事業の問題をもとりあげることとなった。
第一日 十一月十日 於京都大学
 日本社会政策学会の成立 同志社大学教授 住谷悦治
 社会政策と賃金 九州大学教授 森耕二郎
 日本労働の封建性 東京大学教授 大河内一男
会終了後、懇親会、於同会場。
第二日 十一月十一日 於同志社大学
社会政策と社会事業との関係 同志社大学教授 竹中勝男
社会保障制度をめぐる財政分析 健保組合連合会 松本浩太郎
失業問題の所在――最近における吾国失業問題 慶應義塾大学教授 藤林敬三
尚、今大会で関西からの新入会申込者が約三十名あった。
×
 二十六年度に入り、四月の幹事会で第三回学会大会の共通論題を「失業問題、特に潜在失業」「労働時間問題−労働基準法を中心として」「最近に於ける労働組合の変遷」の三項目に定めた。蓋し、九原則以後労働組合への圧迫、労働強化、人員整理の動きが著しくなり、戦後の我が国労働政策は正に一転機をかくさんとしていた。かかる事態に直面し、以上の論題が決定されたのである。

第三回学会大会

 第一日 六月一日 於中央大学
総会
 矢島中央大学教授の開会の辞、加藤中央大学総長の挨拶の後、大河内教授の経過報告に移り、第三回大会現在までに会員総数百六十三名に増加したこと、及び学会年報発行計画等が述べられ、次いで会計監事大友教授の会計報告があった。そして協議事項として学会年報発行に要する学会基金増大の必要から従来百円であった年会費の二百円への増額案が審議され、この案が可決された。尚この第三回大会以後幹事会の努力が年報発行に傾けられることとなった。
学会報告
 失業に関する諸問題−その概念規定 労働省 山下不二男 労働省 水野 武
 最近我国の潜在失業論の批判 国学院大学教授 北岡寿逸
 日本社会政策史に於ける生活保護の意義 関東学院大学助教授 富田冨士雄
 最低生計費の実証的研究 中央労働学園大学教授 籠山 京 慶應義塾大学助手 中鉢正美
報告終了後、懇親会、於同会場。
 第二日 六月二日 於一橋大学
 イギリス工場法について 京都大学助手 片岡 昇
 労働基準法第三六条批判――特に労働法学の立場から 和歌山大学教授 後藤 清
 自立経済と労働時間問題 一橋大学教授 山中篤太郎
 最近に於ける労働組合の変遷と労働立法 早稲田大学教授 野村平爾
 九原則以後に於ける労働組合の変遷 東京大学助教授 隅谷三喜男
両日とも出席者約百名。

第四回学会大会

 第三回学会終了後、研究対象を同じくし且つ会員も互いに可成り重複している労働法学会との交流が問題となり、成果の発表について相互に交換し合うこととし、又開催日も互いに前後するよう取きめがなされ、第四回大会においてこれが実現された。即ち、当学会は労働法学会に一日遅れ、研究成果の交換については当学会から早大、平田教授が、労働法学会から法大、沼田講師が夫々の学会で報告することになった。第四回学会における報告者、題名次の通りである。
 十一月三日 於立命館大学
 挨拶 立命館大学々長 末川 博
 学会報告
 イギリスにおける炭鉱国有化闘争史 京都大学助手 前川嘉一
 戦後日本の労働組合政策 法政大学講師 沼田稲次郎
 戦後日本の労働運動史の分析 大阪市立大学経済研究所研究員 西村豁通
 日本の低賃金 労働科学研究所々員 藤本 武
 尚、この第四回学会席上学会会則に基づく生活問題分科会が承認され、初の専門分科が活動を開始した。
  (内藤〔則邦〕記)

〔2006年1月2日掲載〕


《社会政策学会年報》第1輯『賃金・生計費・生活保障』(有斐閣 1953年12月刊)による。






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