社会政策学会賞 選考委員会報告


 

第13回(2006年)学会賞選考報告

社会政策学会賞選考委員会
委員長 玉井金五
委 員 近藤克則、久本憲夫、森ます美、谷沢弘毅
                                
1 選考経過
 今回は2006年中に刊行された作品が対象となるが、そのための選考委員会を構成したメンバーは上記の5名である。
 第1回の選考委員会は、2006年10月21日に開催された。大分大学で行われた秋の大会時である。このときに、今後のスケジュールの確認(全部で3回、今後の2回は昭和女子大で開催)と基本方針の話し合い(書籍を中心に選定等)を行った。
 候補作の選定作業であるが、まずはニューズレターを利用して自薦・他薦を呼びかけるとともに、大原社会問題研究所が作成した学会員の業績リストからの抽出作業を行った。自薦、他薦については、そのつど委員長から各委員あてにメールを流し、情報提供を行った。また、抽出したリストをもとに委員レベルでの作品チェックを開始することとした。
 第2回の選考委員会は、2007年3月30日に開催された。その場で選考対象の範囲、選考基準等の確認を行った。その後、早速一次的な選定作業に入った。著書として刊行されたものは、できる限りフォローするように務めたつもりである。そのうえで、10数点にわたる作品を取り上げ、それらを候補作として残すべきか否かの個別評価を行った。結局、このときに残した作品は四点であった。そのうちの一点は在庫切れで一部委員の入手が困難であったため、全委員が現物を入手してから精査することになった。
 第3回の委員会は、4月28日に開催することにした。それまでに、三つの作品を全委員で精査し、委員会時に意見の突合せをすること、そしてそれに基づいた個別評価を行うことによって最終的な判断を下すことの申し合わせを行った。
 4月28日の委員会で、入手が困難であった一点を除き、まず三つの作品を順に検討した。各作品の評価できる点、課題と思われる点を指摘し、学会賞にふさわしい基準を満たしているか否かを議論した。しかしながら、どの作品もそれに達しないという結論になった。一方、このときの委員会で入手が困難であった一つの作品が取り上げられ、至急全委員によるさらなる精査が必要であるとの意見で一致した。一定期間を設けての検討の結果、この作品のみが後述する奨励賞にふさわしいということで意見が一致した。
 以上が、審査経過の概要である。総じて、今回は候補作として検討すべき会員の著作物が、例年に比べてそもそも少なかったように思われる。

2 選考結果
  学術賞 該当作なし。
  奨励賞 一点 田中拓道会員『貧困と共和国−社会的連帯の誕生−』人文書院、2006年。

3 選考理由
 田中会員の作品はタイトルから醸し出されるイメージと異なって、大変スケールの 大きな成果である。端的にいえば、20世紀フランス福祉国家の礎石となった社会思想のダイナミックな展開過程について、19世紀を中心に見事に描き切っている。いいかえれば、フランス革命からフランス福祉国家成立の前史を思想史の視点から統一的にまとめあげたものである。とくに、国家、個人、社会、といった関係を、「新しい慈善」、「友愛」、「連帯」といったキー概念で説得的に分析している。
 こうした思想的展開の帰結こそが、フランスにおける社会保険の成立や、その後のフランス福祉国家の展開につながっていったわけで、フランス社会政策史の基盤に潜む社会思想の重みについて、実にクリアーな解明を果たしている。福祉国家の国際比較が著しく進展している今日、ともすればその国特有の史的構造への着眼が十分でないことが生じかねないが、本作品はそれぞれの国が築き上げてきた歴史と伝統の深さといったものの重要性を十分認識させてくれる。
 もっとも、今回取り扱った多様な思想や論争でさらに掘り下げてほしいところ、あるいは現代フランス社会政策とのリンケージの深化をはじめ、諸課題が残されている。しかし、まだ30歳代という若さで仕上げた作品としては、傑出している。本作品の土台となったのは、すでに取得済みの学位請求論文である。近年、課程博士が増え始め、課程博士論文をもとにした出版が目立つようになってきている。本作品もそれに類するが、それだけに余計、研究者のスタート時の記念すべき成果として奨励賞にふさわしいといえるであろう。
 以上が、授賞に際しての選考理由である。しかし、他方では残念ながら授賞には至らなかったが、優れた作品がいくつかあった。それらのなかでも、とくに以下の三つの作品に言及しておく。
 それらは、佐藤忍会員『グローバル化で変わる国際労働市場』(明石書店、2006年)、小越洋之助会員『終身雇用と年功賃金の転換』(ミネルヴァ書房、2006年)、室住眞麻子会員『日本の貧困』(法律文化社、2006年)、である。
 佐藤会員の作品は、ドイツ、日本、フィリピンの3国における豊富な事例研究をもとに国際労働市場のダイナミックな動きを分析しているが、そのことが序章で論述された五つの命題をいかに深化、発展させたのかについて、結論部分を設けて全体を集約するという作業が望まれるという指摘があった。
 小越会員の作品は、これまでに論じられた日本の終身雇用等にかかわる所説を実に丹念に論述しただけでなく、関連する近年の話題の事例研究も豊富に織り交ぜたものであるが、そこからさらに一歩進んで著者の積極的見解の提示と、また今後についての社会政策的なインプリケーションの展開が欲しかったという意見があった。
 室住会員の作品は、家計の中身により立ち入り、それが実際内部でどのような配分の流れとなっているのかという視点からの分析を通じて、シングルマザーをはじめとする日本の貧困の根源に迫ろうとするものである。しかしながら、家計分析の実証部分は決して多くなく、むしろ方法的論議を紹介している箇所が目立った分、有効な政策提言につなげる実証分析が望まれるといった点で課題が残された。
 いずれの作品も力作であるが、克服すべき重要な論点がいくつか残されており、授賞には至らなかった。結果として、授賞は1作品のみに留まった。

4 その他
 今回の選考作業の過程で、またその終了後において、いくつか選考上の課題といったことが浮かび上がってきた。今後の学会賞の選考をよりスムーズに進めるためにも、以下にそれらを書き留めておきたい。
 候補作を見つけるための手順としては、一方で自薦、他薦を募りながら、他方で大原社会問題研究所が作成する会員の業績リストからの抽出作業を行ったり、委員が出来るだけ幅広く目配りして候補作を探すということになるが、これでも全体を俯瞰するということは至難である。その意味で、ある期間を設けて自薦、他薦を徹底させ、それをもとに選考すること(一種のエントリー制)の必要性を真剣に検討する時期にきているのではないかと考えられる。
 対象とする作品には著書とともに論文も含まれるが、そこまで範囲が広げられると、時間的にも物理的にも実質的なフォローはほぼ不可能に近いというのが実態である。そうした事情からすれば、著書だけに限定するということでいいのではないだろうか。また、現在の選考基準からすると、優れた編著や共同研究、あるいは啓蒙かつ啓発的な作品は対象外になってしまいかねない。学術賞とか奨励賞だけではカヴァーしきれない領域がこういったところにあるので、2つの賞を拡大解釈することもできる等の工夫、改善が要ると思われる。
 ところで、課程博士を取得する若手研究者が増えてきている。そして、それに伴って、課程博士論文やそれをベースとした一連の論文を著作として刊行するケースも次第に増えてきている。そうした傾向からすれば、奨励賞はできるだけ若手の研究奨励という形で位置づけをすべきであろう。
 なお、検討対象とする分野によっては、選考委員だけでは対処できないことが生じうる。そういった場合、選考委員会として専門的に近い分野の会員に一読していただき、必要なコメントを得ることも公式に取り入れていってよいのではないだろうか。以上、あくまで今回の選考作業にかかわった委員から出された意見、感想を集約したにすぎない。今後の選考のあり方を改善することに少しでも参考になれば幸いである。  
以 上